僕が小学校1年生だった頃、放課( 註:授業の間の〈 休み時間 〉のこと。東海地方の方言です )の過ごし方にはいくつかのパターンがありました。
※ 〈 放課 〉は小学校の場合、2時間目の後と昼が20分間,それ以外が10分間でした。
第1に、本を読む。教室には学級文庫としていろいろな本が置いてあったので、席で読んだりしていました。今も本を読むことが大好きですが、それは当時も変わらなかったのです。
第2に、運動場で友達と遊ぶ。インドア派でスポーツは苦手ですが、それなりに同じクラスの仲の良い男の子と一緒に外遊びをしたりもしていました。〈 ケードロ 〉とか〈 ポコペン 〉とかしましたね。懐かしいなあ。
第3に、校舎内をウロチョロ歩き回る。この頃すでに地図や時刻表が好きだった僕は、校内の教室の配置なんかにも興味津々で、5月が終わる頃までには、すべての教室の配置を覚えてしまいました。
第4に、6年3組の教室へ行く。1年生の頃の僕は、何故だか6年3組の女子の集団に大人気だったのです。階段を上がって教室へ行くと、ものすごく喜んでくれて、遊んでもらった記憶があります。〈 可愛い弟 〉みたいな感覚だったのでしょうか。
第5に、校長室へ行く。校長先生はきれいな白髪頭。物腰が上品で、やさしいおじいさんでした。元々は中学校の音楽の先生だった方だそうです。おじいちゃんっ子の僕はその校長先生のことも大好きで、よく校長室へ遊びに行ったものです。
これから書くのは、そんな校長先生との、少しほろ苦い思い出です。
1.校長室にてある6月の雨の日。10時30分になり、2時間目の授業が終わると、僕は校長室へ向かいました。
雨の日はなんだか気分も寂しくて、ちょっと校長先生に甘えたくなったのです。
校長先生はとても優しくて、僕が遊びに行くといつもニコニコとお話の相手をしてくれました。
絵本を読んでくれたり、歌を歌ってくれたり、なんだか本当のおじいちゃんみたいだったのです。
その日も、校長室へ入っていった僕を、
「日光くん( 註:もちろんここには本来は僕の名字が入る )、いらっしゃい」
と暖かく迎え入れてくれました。
校長先生は、なにやら書類を書いていたようでしたが、きれいに折りたたむと机の引き出しへしまいました。
「寂しそうなお顔ですね。元気出してください」
そんなことを言いながら、僕の頭をそっと撫でてくれる校長先生。ほんのりとコーヒーの香りが漂ってきます。
校長先生に頭を撫でてもらうのが嬉しくて、たいてい僕はにっこりと笑います。このときも、もちろん、僕の表情はしだいに幸せそうなものになっていったのでした。
僕と校長先生は、応接用のソファーで並んで座りました。おしゃべりな僕は、あれこれと饒舌に話します。
〈 こわれたラジオ 〉とか〈 パッキンの壊れた水道 〉とか、そういう形容を受けるほど、僕はお喋りな男の子でした。
暴れたりすることはないけれど、口は達者で、知識も小学校1年生にしては多く、大人たちを困らせたりもしていました。「ああ言えば、こう言う。こう言えば、ああ言う」を日々実践していたのです。
そんな、可愛いような生意気なような、小1坊主のとりとめもないお喋りを、校長先生は笑顔を絶やさず辛抱強く聞いてくださいました。
時間はあっという間に過ぎて、10時45分になりました。あと5分で放課は終わりです。
「さあ、そろそろ教室へ戻りましょうか」
校長先生はそう言うと、僕を立たせて、また頭を撫でるのでした。
僕はやっぱり寂しくなってきて、なかなか動けません。校長先生は僕の手を取ると、机のところまで連れていきました。
「そのノートを貸してごらん」
僕が持っていた〈 じゆうちょう 〉を手渡すと、校長先生は引き出しから印章を取り出しました。
前に校長室へ遊びに来たとき、机の上に印章が出ていたことがありました。そのとき、
「この印鑑、押してー」
とお願いしたのですが、断られたのでした。駄々をこねても、押してくれませんでした。
今、その印章を手にした校長先生は、それを僕の〈 じゆうちょう 〉に押しました。
「これは、特別ですよ。他の子には内緒です。日光くんは、良い子だから、お約束できますね」
そんなことを言いながら、校長先生は〈 じゆうちょう 〉を優しく手渡してくれました。
僕は、
「はい!」
と返事をすると、ウキウキな気持ちで校長室を出て、教室へ戻りました。
2.教室にてその日の昼放課のこと、僕は教室で過ごしていました。雨なので、殆どみんな教室にいます。
僕は、仲の良い男の子たちととりとめもないお喋りをしていました。
「〈 マルペケ 〉しようぜー」
ある子がそう言い、僕たちは〈 マルペケ 〉をすることになりました。
※ 〈 マルペケ 〉とは、
三目並べ ともいい、3×3の格子へ交互に○と×を書き入れていき、3つ並べるゲームです。当時、よく友達とやりました。
この遊びをするためには、ノートが必要です。そこで僕は自分の〈 じゆうちょう 〉を開きました。
そのとき、
(あ、校長先生の印章のあるページは開かないようにしなきゃ)
と、最初は思いました。それは正しい判断のはずです。校長先生と約束をしました。他の子には内緒にしなければならないのです。そのためには見られないのが一番です。
でも、僕の中の〈 悪い子 〉が、
(印章、見せびらかしちゃえよ。お前だけ特別にもらったんだぜ? 自慢しちゃえよ)
と誘惑してきます。
気づけば、僕は、印章の押されたページを開いていました。
「おお! この印鑑、なあにーーー?」
友達がすかさず訊ねてきます。
ここでいくらでも言いようがあったはずです。例えば、お父さんのだとか、おじいちゃんのだとか、言おうと思えばいくらでも言えたのです。
でも、僕は、
「校長先生に押してもらった」
と、言ってしまったのでした。
「ええ! ずるーい!!」
「僕、この前、押してもらえなかったのにーーー!!」
「日光だけ押してもらって、ずるいぞーーー!!!」
当然ながら、友人たちは大騒ぎです。こうなってしまっては、もはやどうすることもできません。
「今から、校長室行って、押してもらってこようぜ!!」
そんなことを言いながら、みんなで大挙して校長室へ向かってしまったのでした。
3.約束を破った悪い子は……次の日、2時間目が終わった後、担任の先生が僕のことを前へ呼びました。
「日光くん、校長先生が呼んでみえたから、行ってらっしゃい」
「はい……」
もちろん、どういう理由で呼ばれたのかは分かっています。大好きな校長先生との約束を破ってしまった。校長先生を怒らせてしまった。
怖いと言うよりも、もう校長先生は僕が遊びに行くことを許してくれなくなるだろうなあと思って、無性に悲しくなりました。もちろん、それは自業自得ではあります。
泣く寸前の状態で、涙を必死に堪えながら、僕は校長室の扉を開けました。
「日光くん。ちゃんと来てくれましたね。さあ、こちらへいらっしゃい」
いつものソファに並んで座ります。でも、いつもとは気分が全然違います。
「何か、先生に言うことはありませんか?」
初めて見るような真剣な顔で、校長先生が質問してこられました。穏やかながら、力のこもった、声でした。
僕は圧倒されてしまい、何も言えずに黙っていました。いつもの口達者な生意気坊主の姿は、見る影もありません。
「黙っていたら、分からないです。いつもたくさんお話ししてくれるのと同じように、しっかりお話ししてください」
相変わらず真剣な顔、真剣な口調で、校長先生が語りかけてきます。
「……ごめんなさい(ぐすん」
涙がほおを伝ってきました。なんとか絞り出した、蚊の泣くような声で、僕は校長先生に謝りました。
校長先生は、ハンカチを取り出して、僕の涙を拭ってくれました。
「日光くん。あなたは何をしてしまったのですか? しっかり説明してください」
日頃の会話から、僕には十分に説明能力があると、校長先生は分かっていたのでしょう。自分のしでかしてしまった悪事を、自分の口でしっかり説明することを、求めたのでした。
「校長先生との(ぐすん)……おやくそくを(ずびー)……やぶって(ぐすん)……しまいました(ぐすん)。ごめんなさい(ずびー)」
大好きな校長先生にどうしても許してもらいたくて、泣きながらも必死で説明しました。自分の口からはっきりと言うことによって、さらにこみ上げてくるものがあり、僕の顔はもうグシャグシャになってしまいました。
そんな僕の顔をハンカチで拭きながら、校長先生は、
「そうですね。日光くんは悪い子です。先生は、日光くんならしっかりお約束を守ってくれると信じていました。でも、日光くんは、お約束を守れませんでした。先生はとっても悲しいです」
と、語りかけました。言葉の一つ一つが胸に突き刺さり、僕は本当に辛かったです。
「約束を破った悪い子には、お仕置きを受けてもらいましょう。そして、しっかりと反省して、良い子になってください」
そう言うと、校長先生は僕を抱きかかえ、膝の上へと運びました。
僕は相変わらず泣き続けていました。これからお尻を叩かれるのだと言うことは分かっていました。
でも、それが怖かったというよりは、まだ校長先生に許してもらえないということへの悲しさの方が圧倒的に強かったです。
「少し痛いかもしれないですが、我慢ですよ。お薬は、苦かったり痛かったりするものです」
バッチーン!!
校長先生の右手が、僕の小さなお尻へ着地しました。校長先生は何も言いません。僕のすすり泣く声だけが響きます。
バッチーン!!
2発目です。まだ校長先生は怒っているのでしょうか。ごめんなさい。許してください。これからはお約束を守ります。
バッチーン!!
3発目がお尻に炸裂すると、校長先生は左手で僕の頭を撫でました。そして、僕の身体を抱き起こし、膝の上で「ギュッ」と抱きしめてくれたのでした。
もう、気持ちが溢れてしまい、涙と鼻水が止りませんでした。
「よく我慢しましたね。これからはきちんとお約束を守ってください。日光くんは本当は良い子なのですから。先生は信じていますよ」
「はい(グス)、ごめんなさい(グスン)…」
校長先生に許してもらえた。そのことが嬉しくて、僕はホッとしました。
しばらく、そのまま、校長先生に抱きしめられていました。
10時45分になりました。
「さあ、そろそろ、3時間目が始まりますよ。顔をよく拭いて、教室へ戻りなさい」
渡されたタオルで顔を拭い終えると、僕は気になっていたことを訊ねました。
「また、遊びに来てもいい?」
「いいですよ。また来てください」
よかった。また遊びに行ってもいいって言ってくれた。僕は安心して、校長室を出て、3時間目の授業を受けるために教室へ向かったのでした。
《 完 》
■ 後書き
このお話は、ほぼ、僕の小学1年生の時の実体験です。
大好きな校長先生の印章を、自由帳に押してもらったのが嬉しくて、
「お友達には内緒ですよ」と言われていたのにもかかわらず、
ついつい、クラスの子たちに話してしまったのでした。
もちろん、その後、校長室へ印章をもらいに行った子が何人もいて、
校長先生にはすごくご迷惑をおかけしてしまいました。
担任の先生に言われて校長室へ行くと、もちろん、校長先生に叱られました。
このことは、とても思い出深い出来事です。(今でも覚えているくらいですから)
脚色したと言えば、スパンキングのシーンを入れたことくらいでしょうか。
実際には、お尻を叩かれるということは、ありませんでした。
〈 ケードロ 〉とか〈 ポコペン 〉とか〈 マルペケ 〉とか、書いていて懐かしかったです。
僕が小1ですから、1994年のお話です。
もう、20年も昔のことになってしまったのですね。
楽しい思い出は、何時になっても覚えていると言いますが、小学一年生の頃の思い出を覚えていらっしゃるなんて素敵ですね。
ところで、NIKKOHさんに苦言を呈さなくてはなりません。
NIKKOHさんが、スパンキングの話しをされるので、最近たまに自分のお尻をペンペンしていることがあるのです。以下のような感じで。
先生「校則を破った罰だ!ズボンを下ろしなさい」
自分-渋々ズボンを下げる。
先生「なんだ!その派手なパンツは!下着は白と言ってるだろ!それも脱げ!」
自分-なかなか脱げずに躊躇していたら、先生にパンツを下げられて、そのままお尻ペンペンされる…というストーリーが出来てしまったようなのですが、病気でしょうか?ちなみに、テストの点が悪かったバージョンや実際には吸わないのですがタバコバージョン等があったりします。お尻ペンペンしながら、悩んでいます(笑)