中学校の国語の教科書は、現在、5つの出版社から出されています。
(光村図書,東京書籍,三省堂,学校図書,教育出版)
一番シェアが高いのは光村図書のものです。国語教科書の老舗ですね。
その光村図書の中学3年生用の国語教科書に、井上ひさし氏の『握手』という小説が掲載されています。
この作品は、中学3年の秋から高校生にかけての時期を、〈 光が丘天使園 〉という児童養護施設で過ごした主人公が、大人になってから、かつて園長を務めていたカナダ人の 〈 ルロイ修道士 〉 と再会するという内容です。
今回ご紹介したいのは、その中の一場面。
以下、引用します。
「それよりも、わたしはあなたをぶったりはしませんでしたか。あなたにひどい仕打ちをしませんでしたか、もし、していたなら、謝りたい。」
「一度だけ、ぶたれました。」
ルロイ修道士の、両手の人さし指をせわしく交差させ、打ち付けている姿が脳裏に浮かぶ。これは危険信号だった。この指の動きでルロイ修道士は、「おまえは悪い子だ。」とどなっているのだ。そして次には、きっと平手打ちが飛ぶ。ルロイ修道士の平手打ちは痛かった。
「やはりぶちましたか。」
ルロイ修道士は悲しそうな表情になって、ナプキンを折り畳む。食事はもうおしまいなのだろうか。
「でも、わたしたちは、ぶたれてあたりまえの、ひどいことをしでかしたんです。高校二年のクリスマスだったと思いますが、無断で天使園を抜け出して東京へ行ってしまったのです。」
翌朝、上野へ着いた。有楽町や浅草で映画と実演を見て回り、夜行列車で仙台へ帰った。そして待っていたのがルロイ修道士の平手打ちだった。「あさっての朝、必ず戻ります。心配しないでください。探さないでください。」という書き置きを、園長室の壁にはりつけておいたのだが。
「ルロイ先生は一月間、わたしたちに口をきいてくれませんでした。平手打ちよりこっちのほうがこたえましたよ。」
「そんなこともありましたねえ。あのときの東京見物の費用は、どうやってひねり出したんです。」
「それはあのとき白状しましたが…。」
「わたしは忘れてしまいました。もう一度教えてくれませんか。」
「準備に三ヶ月はかかりました。先生からいただいた純毛の靴下だの、つなぎの下着だのを着ないでとっておき、駅前の闇市で売り払いました。鶏舎から鶏を五、六羽持ち出して、焼鳥屋に売ったりもしました。」
ルロイ修道士は改めて両手の人さし指を交差させ、せわしく打ちつける。ただしあのころと違って、顔は笑っていた。引用は以上です。せっかくですから問題を(笑)
問題 : 「両手の人さし指をせわしく交差させ、打ち付けている姿」とありますが、このしぐさはどんな意味を持っているのですか? 9字で抜き出しなさい。
(解答は、一応、記事の末尾に載せておきますね(笑))
この作品、実は僕が中学生の頃にも掲載されていました。
ですから、現在26歳以下で、中学時代に光村の国語教科書で学んだ方は、記憶にあるかもしれません。
中学3年生だった僕は、国語の授業を受けながら、妄想を膨らませたものです。
まず、「おまえは悪い子だ」というフレーズが、良いのですね。しかも、それを口に出さずに、指で
×印を作って表現するというところも斬新です。
国語のO先生(ちょっと渋い感じで、文字と声が美しい、ダンディな方)が朗読するのを聞きながら、「おまえは悪い子だ」というフレーズを何度も反芻させていました(ごめんなさい)
この 〈 危険信号 〉が発せられた後、〈 平手打ち 〉が飛ぶのですが、ルロイ修道士の平手の行き先は、僕の脳内では当然ながらお尻です。
おそらく、作者の井上ひさし氏は、ほっぺたへの平手打ちのつもりで書いたのでしょうけれど。
鶏舎の鶏を焼鳥屋へ売り払って、無断で東京へ行ってしまった、悪い子・不孝者たちのお尻に、ルロイ修道士の「擦り合わせるとギチギチと鳴る」平手、「万力のように強い握手」をする平手が炸裂するさまを思い浮かべて、ムフフとなっていました。
お仕置き執行後、1ヶ月間にわたって口を利いてくれないというのも厳しいですね。
小説『握手』は、今年もどこかの中学校の教室で、お仕置きフェチの中学生をつかの間の妄想の世界へといざなっているのかもしれません。
※ なお『握手』は、文庫本『ナイン』に所収されていますので、教科書を購入せずとも読むことができます。
Amazon の リンクはこちら記事中の問題の解答 : おまえは悪い子だ。
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先般は、レスありがとうございます。
この小説は初めてですが、意味深い内容のようですね。
ルロイ修道士の体罰はもちろん許されないことですが、
あとになってそれを反省し謝罪しているところは立派だと思います。
学生時代、私たちを叩いた教師たちにもそういった反省の念があるのでしょうか。
(あるとはとても思えませんが...)
先般Nikkohさんからレスいただいたように、体罰はもちろん、
ましてや男子だけ罰するような差別など、あってはならないことと思います。
しかしながら、私の小中学校時代は、もちろん先生によるのですが、
女子ばかり可愛がって甘やかし、男子には叩いたり厳しくあたる先生が多かったです。
さらに中学では、男子丸刈り強制、女子だけに更衣室、修学旅行で女子の方がよい部屋...
いつも男子ばかり理不尽な扱いをうけていて、嫌になるような思いでした。
私もついつい、自分が先生になったつもりで、男子だけより厳しく叩いたり、
男子に恥ずかしい格好をさせるような校則を妄想しては、慰めていました。
もちろん、本意ではなく、今の男の子たちには、とくに可愛くて優しい男の子を見ると、
男子というだけで差別や不当な扱いをしないでほしい、という思いでいっぱいなのですが。
幸い、今の学校はだいぶ改善され男の子も大事にされるようになったようでよかったと思っています。
残念なことに、それに反して、世の中の男性差別(女性専用車、ホテルの女性専用フロア、
デパード等のトイレなど)がひどくなっているようですが...