( ※ 以下、事実を基にした、〈 フィクション 〉です )
( ※ 人物名等はすべて仮名です。実在の人物とは一切関係ありません )
1.修学旅行前日、持ち物検査時は、1991年5月、午前11時50分をまわったところ。ちょうど4時間目が始まったばかりである。
町立O中学校の技術科室には、3年生の男子生徒たちが集まっている。
翌日から、3泊4日の日程で修学旅行である。それに先だって、宅配便で荷物を輸送する必要がある。そこで、3年生の生徒たちは旅行用の荷物を詰め込んだ大カバンを持参しており、今から教師による持ち物検査を経て、業者に託すのである。
男子は技術室(木工室)で男性教諭から、女子は図書室で女性教諭から、それぞれ持ち物検査を受けることになっていた。
田舎の小規模な学校で、3年生は2学級だけである。男子は40名,女子は38名。したがって、持ち物検査の場所は男女それぞれ一部屋設定すれば十分なのである。
3年1組担任で技術を教えている杉永先生と、3年2組担任で英語を教えている小谷先生が職員室から連れ立って出てくる。杉永先生はまだ20代半ばで、3年生の担任をするのも初めてだ。一方、小谷先生の方は30代後半の中堅で、何かと杉永先生の面倒を見てくれる、姉御肌の先生である。
「じゃあ、女子の方は私がやっておきますので、男子は杉永先生よろしくお願いしますね」
2人は渡り廊下の分岐点で別れ、杉永先生はそのまま廊下を進んで技術室へ向かい、小谷先生は渡り廊下を経由して図書室へ向かった。
ジャージ姿の杉永先生は、浅黒い肌をした精悍な若者である。ピチピチのジャージズボンに覆われた、むっちりとしたケツには、ブリーフラインがはっきりと見て取れる。右手には、いつものように竹竿が握られている。
技術室が近づくと、すでに男子生徒たちの喧噪が聞こえてきた。
「ったく、あいつら、もう少し静かに待てんのかねぇ」
いつも、技術の授業をしに向かうときと同じぼやきをしつつ、杉永先生は技術室の扉を開けた。
そして、中へズカズカと入っていくと、竹竿で教卓をバシバシッと叩き、
「こらぁ!もう4時間目は始まってるだろー!静かにしろー!」
と、自慢の大声を張り上げた。
ようやく喧噪はおさまり、3年1組学級委員の磯村くんが、
「席はいつもの通りでいいですか?」
と問う。
「おお、授業の時と同じでいいぞ!」
と告げると、生徒たちは六台ある作業机の前に、6名ないしは7名で座った。
日頃の技術の授業も、3年1組と3年2組の男子が合同で行っている。したがって、授業の際と同じ座席である。
( 註 : 技術・家庭科の男女共修化は、1993年度から完全実施となった。1991年度は移行措置期間であるが、3年生においては従来通りの男女別のカリキュラムである。この頃まで技術科の授業は女人禁制であった )
「よーし! じゃあ、お前らが忘れ物をしてないかどうか、余計なものを持ってきてないかどうか、確認させてもらうからな! 指示されたものを机の上に出すんだぞ!」
時間も限られており、さっそく持ち物検査が始まる。
事前に送っておく荷物ということで、衣類が中心である。3泊4日なので、下着類の替えは3セット必要となる。
宿泊地での寝間着としては、各自のパジャマではなく、体操服を持参することに決まっていた。3泊とも、O中学校指定体操服、すなわち、白の短パンと白の体操シャツでの就寝となるのである。
検査は順調に進んでいく。
短パン,体操シャツ,靴下と、忘れてきた者や問題のあった者はおらず、杉永先生は感心していた。
紛失等を防ぐため、いずれもしっかり〈 記名 〉しておくことになっていたが、それもきちんと実行されていた。
「よーし!次は下着だ」
40人の男子生徒たちは、カバンの中から肌着のシャツを取りだして、机の上に置いた。
A先生は順に確認していく。
多くの生徒はランニングシャツであり、一部に半袖シャツを持参している者も居た。ただ、O中学校の規則では、白無地のものであればいずれでもよかった。
ほとんど全員が白無地のシャツを3枚持参していたが、2名だけ違反が見つかった。
「武田と今川、起立!」
そう言われて、少しふてくされたような顔をした武田くんと今川くんが立ち上がる。
2人ともなかなかに素行不良で、日頃の服装頭髪検査でもよく引っかかる〈 常連 〉であった。
「武田も今川も、柄物のTシャツを持参! 規則違反だな。ケツを出す!」
もはや慣れっこになっている2人は、「はいはいこれでいいんすよね」と言わんばかり、さっさとケツを突きだした。
すると、こちらもやはり慣れたもので、杉永先生はさっさと竹竿をかざすと、まずは武田くんのケツへ、続いて今川くんのケツへ、立て続けに炸裂させるのだった。
バッチーン!バッチーン!!
「よし!ちゃんと白のシャツもってこいよ!」
2.羞恥のパンツ検査「お前ら、パンツも出さなきゃダメだぞ!」
杉永先生がそう告げると、生徒たちは一様に不満そうにしている。
やはり恥ずかしいものである。それで、〈 下着 〉と言われたときに皆シャツだけを出したのだ。
「ええー!恥ずかしいっすよ」
「パンツまで見なくていいじゃないですかー」
「キャー!先生のエッチ!(笑)」
しかし、杉永先生は容赦しない。
気さくな兄貴みたいなキャラクターから、男子たちからはなかなか人気のある杉永先生だが、少し真面目というか変に几帳面というか、そういう部分も持ち合わせていた。
したがって、持ち物検査をするからには、当然のことながら、全てを調べ尽くさなければならない。もちろん、パンツだってしっかり調べなければならないのだ。
「ほら、ブーブー言ってないでさっさと出せよ! 早くしないと給食食べる時間なくなるぞー!」
1人、また1人と、生徒たちがカバンの中からパンツを取りだし、作業机の上に置いていく。
この様子を見ながら、すでに杉永先生は動揺していた。
(お、おい、なんでこんなに柄パンが続々と出てくるんだ!?)
O中学校の規則によれば、下着は白色でなければならない。それは当然パンツもである。
男子の場合、白ブリーフを着用しなければならないのである。
もちろん、これは修学旅行においても同じであって、着替えのために持参するパンツは、すべて白ブリーフに統一しなければならない。
だが、今、作業机の上に取り出されたパンツを見ると、明らかに白くないものがゾロゾロと目に入ってくる。先ほどのシャツの場合のように、多少の違反者が出てくるだろうことは杉永先生も想定済みだったが、まさかこれほど多くの違反者が発生するとは、完全に想定外だった。
(今どきの中学生はこんなに柄パン穿くんだなー。驚いたぜ。でも違反は違反だもんな。ここは、毅然と指導しないと)
1964年生まれ、中高生時代は白ブリーフが当たり前で、自身は今でも当たり前のように白ブリーフを愛用し続けている杉永先生は、ジェネレーション・ギャップを感じていた。そして、違反者の多さに戸惑いながらも、いつも生徒指導主事の小窪先生が言っているように 〈 毅然とした対応 〉 を取ろうと決意を固めた。
「磯村!起立!」
いきなり名前を呼ばれて、3年1組学級委員の磯村くんはドキッとした。
(あれ、なんだろう…。ボク何かしちゃったかな…)
実際には磯村くんは何も問題を起こしてはいない。堅実で温和な性格の学級委員らしく、彼は3枚とも真っ白のブリーフを持参していた。
また、ズボンの中にも、いつもどおりきちんと白ブリーフを穿いていた。
磯村くんは、3年1組の学級委員のほかに、野球部のキャプテンも務めていた。ポジションはキャッチャーで、がっちりとした体型である。
「磯村、生徒手帳を出して。36ページの(5)をはっきりと読み上げるんだ!」
「はい!」
磯村くんは返事をすると立ち上がり、生徒手帳の指示された部分を読み始めた。
「(5)下着。男女とも白色無地の清潔な下着を着用すること。派手な色物や柄物は着用しない」「よし! じゃあ、お前の持参した下着を皆に見せてやりなさい!」
「え……あ、はい……」
磯村くんは、顔を赤らめながら、1枚目,2枚目,そして3枚目と掲げていく。
3枚の白ブリーフは、いずれも修学旅行を前に母親が買ってきてくれた新品であり、まさに輝く白さであった。
「うむ!さすが学級委員だ! いいお手本になっているな!」
そう言うと杉永先生は竹竿を手に取り、技術室へ到着してきたときと同じように教卓をバシッバシッと叩くと、
「他の者で、今、磯村が読み上げた規定に反したものは、パンツを持参の上で前へ来なさい!」
と命じた。
しばらくの静寂の後、一人、また一人と生徒たちが立ち上がり、教卓の前に隊列が出来上がった。隊列を形成する生徒たちは30人にもなり、皆、手に柄パン(トランクス)を持っていた。
一方、きちんと白ブリーフのみを持参し、隊列に加わっていない生徒は、学級委員の磯村くんをはじめわずか10人であった。
「相田、2枚!」
「井上、1枚!」
「今川、3枚!」
杉永先生は、1人1人から柄パンを受け取っては、枚数を数え、名簿に記していく。
先ほどシャツの違反で注意を受けた、今川くんと武田くんは、当然3枚とも柄パンであった。それ以外の生徒は、1枚か2枚というのが多かった。
杉永先生に柄パンを渡し終えた生徒たちは、前にずらりと並んで正座している。
全員から収集が終わると、杉永先生は横一列に正座している30人に向かって、話し始めた。
「こんなにたくさん違反者が出てとても残念だ! これは、普段から柄入りの下着をつけているのかどうか、検査する必要がありそうだな!」
これには、さすがに生徒たちから不平の声が上がる。
「ええ!何でパンツ見せなきゃいけないんですかー」
「嫌ですよ、恥ずかしいですよー」
「俺たちもう中学生ですよ!」
しかし、〈 毅然とした対応 〉 を取ると決めている杉永先生は、取り合わない。
竹竿で教卓をバシッバシッと叩くと、
「やかましい!これは信頼関係の問題だ!信用を失うようなことをしたのはお前たちのほうだ!全員起立!」
と、30人を起立させると、
「お前らも、一応検査させてもらうから、立ってこっちへ来い!」
と、修学旅行の荷物の中に柄パンを持参しなかった10人も招集した。
「よーし! じゃあ全員ズボンを下ろせ!」
当然ながら皆すぐにはズボンを下ろそうとはしなかった。しかし、杉永先生がかなり本気で怒っていることは伝わっていた。
まず、学級委員の磯村くんが覚悟を固めた。
ベルトをガチャガチャと緩め、一気に学生ズボンを引き下ろすと、彼のよく穿きこんだ白ブリーフが露になった。
それに、磯村くんとバッテリーを組んでいる、鈴木くんが続く。彼は修学旅行の荷物の中には1枚だけ柄パンを持参していたが、この日は白ブリーフを穿いていた。
2人がズボンを下ろすと、ほかの38名も続々とベルトを緩め、学生ズボンを下ろしていき、ついには男子40人全員がパンツ丸出しの情けない姿となった。
荷物に柄パンが入っていた者は30名であったが、鈴木くんのようなケースもあり、この日に柄パンを穿いていたのは20人であった。残りの20人は、白ブリーフであった。
杉永先生は、順に近寄っては一人ひとりの下着を確認し、やはり名簿に記録していく。白ブリーフの者は「○」印、柄パンの者は「×」印である。
また、
「磯村は白パン! よし!(撫で撫で)」
「鈴木も白パン! よし!(撫で撫で)」
「井上は柄パン! ダメだぞっ!(パチン!)」
「柳田も柄パン! まったく!(パチン!)」
といった具合に、いちいち声に出しながら記録を取るのであり、白ブリーフを穿いていた者の場合にはケツをやさしく撫で、柄パンを穿いていた者の場合にはケツを平手でパチンと叩くのだった。
ズボンを下ろしてパンツを見せ、読み上げられながら記録を取られ、ケツ撫であるいはケツ叩きまでされる。この上なく恥ずかしいパンツ検査となった。
3.規則違反の代償ようやく全員のパンツ検査が終了し、ズボンを上げることが許された。
だが、規則違反の罰はまだ終わっていないのである。
「では、柄パンを持参したものは再度整列! 他の者は席につきなさい!」
磯村くんをはじめ、荷物に柄パンを一切持参しなかった10名は、自分の席へ着席した。一方、あとの30人は再び一列に並ぶのだった。
「規則違反の罰だ!ケツを出す!」
シャツの違反の際に今川くんと武田くんがされたように、杉永先生が生徒のケツを叩くことは珍しいことではない。
生徒たちにとっては、日常の見慣れた光景であり、今整列している多くの生徒は一度はケツを叩かれたことがある。
だが、30人で一斉にというのは、さすがに始めてであった。
それは、杉永先生にとっても同じであり、
(ったく、こんな大人数は初めてだぜ…)
と、心の中でつぶやくのだった。
30人の生徒が横一列に、黒い学生ズボンの、テカテカになったケツを突き出し、ケツ叩き準備態勢が整った。
「相田は2枚だから2発な!」 バシッ!バシッ!
「井上は1枚だから1発!」 バシッ!
「今川は3枚。3発いくぞ!」 バシッ!バシッ!バシッ!
持参した柄パンの枚数だけ、杉永先生愛用の竹竿が、尻に炸裂する。
全員の分を合計すると、50発を超え、杉永先生は疲労を覚えるほどであった。
ようやく全員のケツ叩き執行を終えると、
「よし! じゃあ、柄パンはいったん手元に返すが、代わりの白パンを明日かならず持参すること! わかったな!」
と告げ、杉永先生は元の持ち主へと柄パンを返却した。
「おお、4時間目がもうすぐ終わっちゃうじゃないか! 早く荷物をまとめて、移動するぞ! 業者が来ちまう!」
かくして、持ち物検査と、羞恥の男子パンツ検査は終幕となった。
= 後書き =
この小編はフィクションですが、元ネタがあります。
当ブログでは、2013年4月14日に、
男子中学生の下着検査 という記事を公開しました。

その時点ではいつの出来事かということも特定できていなかったりもしたのですが、その後の調査により、この件を報じた新聞記事を発見することができました!
せっかくですので、以下に全文をご紹介しておきます。
柄入り下着の生徒に体罰 (朝日新聞,1991年5月31日夕刊,大阪本社版17面)福井県丹生郡織田町の町立織田中学校(****校長、生徒215人)で、修学旅行の持ち物検査の際、付き添い教諭の1人が3年生の男子生徒全員に下着を見せることを命じ、柄入りの下着(トランクス)をつけていた生徒の体に触ったり、体罰を加えていたことが31日、分かった。**校長は行き過ぎがあったことを認め、修学旅行後、全員を集めて謝罪している。
同校では5月21日から3泊4日の日程で東京方面へ修学旅行に出かけた。持ち物検査をしたのは出発の前日。あらかじめ荷物を学校から宅配便でまとめて旅行先に送る際、付き添い教諭が、78人の男女を別々に分けて一斉に調べた。
生徒、父母らによると、この時、男子生徒40人のうち約30人が修学旅行への持参が禁じられている柄の入った下着を持っていたため、これらの下着を一時没収。さらに教諭の1人が「普段から柄入りの下着をつけているのかどうか、検査する」と男子全員に下着を見せることを命じ、トランクスをはいていた生徒約20人の体の一部を触った。
そして、それぞれが持って行こうとしていた下着の枚数分だけ、授業につかっている竹ざおで生徒30人の頭を強くたたいたうえで、下着を返したという。
**校長は「トランクスが多かったので身体検査をしたようだ。いずれにしても熱心で若い先生なので、指導が行き過ぎてしまったのかもしれない」と話している。これを読むと、より詳細にいろいろと知ることができますね。
朝日新聞の記事なのですが、〈 夕刊 〉 で、かつ、 〈 大阪本社版 〉 ということで、なかなか見つけづらかったです。
新聞記事データベースで検索をかければお読みになれるのですが、とある大きな図書館のマイクロフィルムを閲覧させてもらえば、紙面での様子も見ることが可能です。
(小さな記事ですし、写真等はありませんので、どちらでも同じですけどね)
今回は、この新聞記事を読んで膨らませた妄想をもとに、小説に仕立ててみました。
記事をごらんいただけば分かるとおり、実際は頭部への体罰でしたが、勝手に尻叩きにさせてもらいました。
また、【管理教育小篇】 の前作と比べると、陰湿さみたいなものはかなり控えめにしてみました。
(普段書いているスパンキング小説と、あまり変わらないという気もしますが^^;)
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、このように修学旅行などの宿泊を伴う行事に際して、持ち物検査が徹底されるということはごくありふれたことであり、その中で下着(上下)も確認されるというケースもちらほらと見られたようです。
今回取り上げた事件以外でも、新聞報道されたものがいくつかありますし、報道されなかったものまで含めれば、もっと多いのではないかと思います。
なんにせよ、今からは考えられないですし、すごい時代だったのですね。
お読みくださりありがとうございました。
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日光さんの仰る様に、80年代後半~90年代初頭にかけて、中学での修学旅行や合宿などの行事では持ち物検査はありましたし、下着に記名もありました。 当時、中学生は下着は白が当り前でしたので、クラス全員が白ブリーフで靴下も白でした。
日光さんの本館ブログにもその様な記事がありましたが、男子は、修学旅行や合宿時等は持ち物検査よりも入浴時に白ブリーフ一枚での移動や脱衣室での全裸チェック等は恥ずかしかったですね。今から思えば当時は男子にとっては厳しい時代でした。